初雪の舞う12月。
 日は暮れすっかり暗くなって、その日最後に教室にみえたのは幸子のお父さんだった。保護者との個別懇談会には、幸子のお母さんがみえるものだとばかり思っていた私は少し戸惑った。
 お父さんは無口な方だった。
 椅子に座るとペコリと頭を下げられた。
 「先生、いつもお世話になってマス・・・アノ・・・母ちゃん、ちょっとアレで・・・・・・ピンチヒッター。子どものことは母ちゃんに任せっきりだから、あんまり良くわからないですけど・・・・」
 「よろしくお願いします。」

 言葉数の少ないお父さんとの懇談は会話が弾んだとはいえなかったが、おとなしい幸子のこと、学校の様子、中学に向けて心配事など、なんとか話をつないだ。しかし、話しながら心の中はザワザワし、終わりかけの頃、思い切って尋ねてみた。
 「そろそろ時間ですね。お父さん、ありがとうございました。・・・・・私、てっきりお母さんがみえるものだと思っていて。お母さん、この時間ではお忙しかったでしょうか。急遽交代していただくことになったようでしたらスミマセン」
お父さんはしばらく黙った後、ぼそりとおっしゃった。
 「母ちゃんちょっと入院して・・・・。だからここ二、三日、幸子のこともほったらかしで・・・。あいつ学校のこと何も話さないもんだから・・・・・・先生、幸子は学校でしっかりやっていますか・・・」
 驚いた。
 幸子のお母さんが入院とは。つい先週、お勤め先の病院でお会いしたばかりだったからだ。お母さんは看護婦さんだった。ロビーで『先生ー!』と声かけられた。幸子とは対照的な、いつも通り明るく、少し高めの元気な声だった。おしゃべり好きなお母さんらしく、たくさんお話をされていた。

 翌日の仕事帰り、入院先の病院へ寄った。
 病室をノックして入った。
 「ドウゾ・・・・・・・ア・・・・センセイ・・・」
 声を聞いただけで何か異変があったことがすぐにわかった。
 私は、つとめて明るく話した。
 「お父さん、懇談会に来てくださって。なかなか楽しい方ですね。」
 「え・・・そう・・・ですか・・・。お父さん・・・ちゃんと・・・話できた・・・かしら・・・。あの人・・・昔は・・・かっこよかったんですよ・・」
 窓の外は雪がちらつきはじめていた。
 命に別状はないそうで安心はしたが、後遺症が残るかもしれないとのことだった。
 「先生、たいした・・・手術じゃ・・・なかったんです。私も・・・呑気に・・・構えていたんです。それが・・・・・」
 お母さんに何があったのか深くは聞けなかった。
 しばらく話して病室を後にした。

 駐車場の車に乗り込むと、冷えたシートに体を預け、ぼんやりとハンドルを握った。
 フロントガラスに雪が舞っている。
 「先生ー!」と、お母さんの元気な声が、耳の奥から聞こえた気がした。
 私は、エンジンをかけ駐車場を出た。
 小さな街にも、クリスマスのイルミネーションが飾られ、窓の外を流れていった。
 「お父さん・・・ああ見えて・・・昔は・・・優しかったんですよ。・・・今年のクリスマスは・・・病院になちゃうな・・・」
 幸子のお父さんは消防士さんで、病院勤務の母さんとは「職場恋愛」だったそうだ。
 信号で止まり、ワイパーを動かした。
 あいかわらず、フロントに雪がちらちらと舞っていた。

 翌朝教室に行くと、元気な希美が私のところへやってきて言った。
 「せんせー!クリスマスのお楽しみ会、やるよね!いつやる!」
 その声を聞きながら、教室の隅にちらっと目をやった。
 今日も幸子は、ひとりで本を読んでいた。
 「あ・・・うん。クリスマスな。考えておくよ。」
 そう答えるだけが精一杯だった。
 結局私は、その年のクリスマス会を見送った。
 もしかしたら幸子は、何も気にしなかったかもしれない。
 でも私は、教室の子どもたち一人ひとりが、それぞれのクリスマスを迎えているのだと思うと、どうしてもクリスマスをする気になれなかった。
 イルミネーションの頃になると、いつも思い出す。

(クリスマスの思い出 終わり)
※本文中の名前はすべて仮名です