担任の先生は、お子さんの忘れ物にどう対応しているだろうか。お子さんに聞いてほしい。

 「先生ね、忘れ物したら貸してくれるよ」と言えば花丸の先生だ。子どもは忘れ物をするものであり、そういった児童へも対応することが教師の仕事であると思う。この「忘れ物への対応」一つでその先生の子どもへの温かさがわかるものでもある。

 私が出会ったベテラン女性のS先生は「子どもが物を忘れても一切何も貸さない先生」だった。

 S先生のおっしゃることはこうだ。
「忘れて困ることも学習よ。代わりの物を貸したらその子は何も困らないことになる。それは『忘れ物をしても結局どうにかなる』と先生が子どもに誤学習させていることになるのよ。」
「そもそも教師の物や学校の予備を貸すにしても数に限りがあるでしょ。時と場合によって貸せる時と貸せない時があるなんて、かえって不公平だからね。あの子に貸したけれどこの子に貸さなかったなんて教師の都合で対応が変わるのはよくないわ。だから私は一切貸さないことにしてるの。」
「それから『友達の物を借りる』なんてだめよ。貸した物が壊れたとかなくなったとか、トラブルの元よ。」
「いずれにしても本人が困らなきゃね。」

 ハイ、以上、確かにそのとおり。
 おっしゃるとおり、ごもっともでございます。
 ごもっともでございますが・・・
 がしかし、である。
 本当にそれでよいのだろうか。

 まず、「忘れ物をした子に物を貸すことは誤学習につながる」という理屈についてである。S先生こそ「大きな誤学習をさせている」と言いたい。それは「困っている人がいても助けてはいけない。それがたとえ、自分がすぐにでもできる些細な手助けであったとしても、決して手を差し伸べてはならない。」と、クラス全体に教えている事になるということだ。

 次に「物の貸し借りはトラブルのもとよ」は本当にそうだろうか。強奪すれば話は別だが、「えんぴつを貸す」ということは、えんぴつを使わせてあげることであり、当然「使って削れば減る」ことも含まれている。つまり、貸してあげる子だって「ちょっとぐら減ったっていいよ」と承知しているのだ。「困ったときはお互い様」ということを、子どもなりに分かっているし、自分を犠牲にしてでも人に親切にすることの大切さをよく理解している。

 さらには、「物の貸し借りでトラブル」になったとしたら、それこそいい学習チャンスになるのではないだろうか。
仮にえんぴつを貸した子の親が、「大事なえんぴつを貸したらずいぶん減っちゃったらしく、本人悲しんでいますよ!」といってきたらどうだろうか。えんぴつを借りた子にしてみれば「人に物を借りて使うことは、相手を悲しませることになる。いけないことだった。」と、まさに学習になるではないか。

 また担任にとっても「今日筆箱を忘れた子がいてとても困っていました。お子さんは真っ先に鉛筆を貸してあげてくれました。予想以上に削られて悲しかったようですが、困っていた男の子に鉛筆を貸してあげてくれてとても優しかったです」と褒めてあげることだってできる。

 その上で、「物の貸し借りはいけないのでは、というご意見もありますが、私は担任として『困っている子がいたらお互いに助け合う』という人として大事なことこそ教えたいと考えております。お子さんは、自分の大事な鉛筆であっても、困っている人がいたら貸してあげられる優しい子です。」と伝えられる。そして「文房具については、私の指導の責任ですから、私から弁償させていただきます。」と言えばよい。

 子どもたちは先生のことをよく見ている。忘れ物をした子へ先生がどう対応するかよく見ている。
 困っている子に手を差し伸べることさえ許さない学級でよいはずがない。
 あえて踏み込んだ言い方をすれば、忘れ物をしても一切貸さないことは、ある意味で「いじめ」であり、全体の前での「つるしあげ、見せしめ」に等しい行為でしかない。やっている先生も間違いなく、そのことに気づいているはずである。それを証拠に、そういう先生だって、参観日には優しく「先生のを使いなさい」とおっしゃるし、運動会で運動着を忘れた子に「見学してなさい」とは言わないのである。

 さて一方で・・・先生の方にも言い分はある。
 忘れ物が多い子は(本当に)毎日のように忘れ物をするのだ。
 想像していただきたい。
 サッカーの試合直前に「監督、今日もスパイク忘れました」と言いに来られて、穏やかな監督がいるだろうか。
 ピアノのレッスン前に「先生、今日も楽譜忘れました」といわれたら、「何しに来たの」と言ってしまいたくなるのではないか。

 学校の先生も同じである。授業直前になって「先生、今日も教科書忘れました」と言われれば、先生のやる気が低下してしまうのも無理はない。

 そして忘れ物が多いの保護者のほとんどは放任傾向にあり、子どもの面倒を見ていない。そういう親に限って忘れ物が多いことを伝えても「忘れ物ない?といつも声かけているんですけどねー」と言って笑う。(声をかけるだけで子育てができれば苦労はしない。

 もちろん、準備が得意な子もいれば、苦手な子もいる。だから苦手な子には親が面倒を見てあげていただきたいのだが、それをしない(できない)親が多いのである。そういう親の中には「先生、ウチの子が忘れ物したら放っておいて困らせてください」という親もいる。
それをしないのは上述の通りである。

 冒頭で「忘れ物の対応一つでその先生の子どもへの温かさがわかるものである。」と書いた。
 しかし昔からよく言うではないか。
 「仏の顔も三度まで」
 これもご理解いただきたい。

(忘れ物をしても物を貸さない先生 終わり)