請求内容を具体的に示さず、不満の感情をぶつけたり質問で相手を問い詰めたりするクレームは、教育現場でよくあるが、残念ながらこのようなクレームはほとんど何も解決しない。
今回はこんな小さなエピソードから。
若い女性の先生が保護者からの「れんらくちょう」を持って相談に来た。「どう返事を書けばいいのか困っています。」
連絡帳には、一言だけ書いてあった。
『教室のエアコンは何度になったらつけるのですか。』
「基準の温度などは決められていないので、どうお返事すればいいでしょうか。」
お分かりいただけるだろうか。実はこれは、単なる質問ではない。立派なクレームなのである。私には「エアコンは何度になったらつけるのですか。」の文字の向こうからは、保護者のこんな気持ちが聞こえてくるようだった。
『先生、うちの子は授業中とても暑いって言ってます。家に帰ってきてバテバテです。日本全国で熱中症のニュースが相次いで流れているのに、危機感がなさ過ぎます。それとも教室のエアコンを活用しない理由がおありなのでしょうか。猛暑の中 エアコンを入れない理由をお聞かせください。』と。
この先生は決して非常識な先生ではない。優しくて素敵な先生だ。エアコンをつけないで意地悪をするような先生ではない。
私は「単に子どもと暑さの感じ方が違うだけなのだろう」と思った。
私はしばらくして、各教室を見て回り、その先生の教室に入った。やや蒸し蒸ししていたが我慢できないほどの暑さでもない。私は「先生、子どもは体を動かして遊んでいるから、ちょっと暑いと感じるかもね。エアコンもつけたらどう」と声をかけた。
すると、教室にいた(れんらくちょうを持ってきた)子が すかさず言った。
「ほら先生! うちのお母さんが連絡帳に書いたでしょ。」「ちゃんと読んでよ!」
つまり、この子は、家に帰って母親に「毎日教室が暑い。だけど先生は全然エアコンをつけてくれない。」と不満をこぼしたらしい。それを聞いた母親は、けしからんという思いからか、連絡帳に「教室のエアコンは何度になったらつけるのですか。」と一言書いたのだ。
こういった「質問・問い詰め型」のクレームは、会社でも学校でも どんな場面でも、受ける側はとても嫌な気分になる。
教頭時代に、市街地の大きな学校で「質問・問い詰め型」の執拗なクレームを受けたことがある。校長室で繰り返し言われるのは「答えてください。」だった。
精一杯の返答をしても受け入れてもらえず、質問が繰り返された。
「答えてください。」「なぜですか。」「どういうお考えですか。」「本当にその対応でいいと思っているのですか。」「そのお考えは法的に正しいのですか。」
保護者は次々に質問し、学校は それに誠実に答えた。気付けば「攻撃する側」と「受ける側」という構図に引きずり込まれ、話は3時間に及んだ苦い思い出がある。
さて。
件の、若い先生はとても立派だった。
男の子が「ほら先生! うちのお母さんが連絡帳に書いたでしょ。ちゃんと読んでよ!」といった言葉に、ひるむことなくこう言った。(もちろん爽やかな笑顔で!)
「だったらはっきり言ってよ~「暑いからエアコンつけください」ってさ~。先生は気付かなかっただけなんだから~(ニコリ)」
本来、クレームとは、苦情を言ったり、不満を言ったりするだけでなく「具体的な改善を請求すること」である。「暑いからエアコンをつけてほしい」「商品に不備があったので交換してほしい」など具体的な改善策を伝え、解決へと合意を進めていくのが本来のクレームだ。
しかしながら、時には、請求内容を具体的に示さず不満の感情をぶつけたり質問で相手を問い詰めたりするタイプのクレームに直面することがある。そして残念ながらこのようなクレームはほとんど何も解決しない。
しかし、残念ながらこのタイプのクレームはほとんど何も解決しない。
「質問・問い詰め型」のクレームは往々にして話が長くなりがちだ。相手に一つひとつ質問し、その回答の矛盾を突き「その答えはおかしいでしょう!」 とさらに問い詰める。質問を重ねて相手を追い込み、必死になって答える相手の矛盾を延々と指摘し、時間ばかりが過ぎていく。しかし、残念ながら話は一向に前に進んでいないのだ。
そして、その多くは途中でハッと気がついているはずである。
「そもそも自分は何を要求しているのか?」
自分でも何が言いたいのか分からなくなっている人は、クレーマーの中に案外多いのかも知れない。そして、これに気づいた時には、既に引っ込みが付かない状態となっていることも少なくない。
結論。
求めていることをはっきり言わない苦情、具体的な請求内容のない苦情は、学校側から「厄介な保護者」や「困ったクレーマー」と思われてしまう可能性がある。建設的に対話を進めるには「こうしてほしい」とはっきり伝えることが第一歩となる。
学校の先生方へ。
長々と続く、質問・問い詰め型クレームに直面した際は、背景に「どう伝えればいいか分からない」「うまく言えない」「先生に言いにくい」といった戸惑いがあることを理解した上で、こちらからもはっきりと伝えてはいかがだろうか。
「具体的に何をお求めでしょうか。はっきりおっしゃってください。」
もちろん、相手がうまく言葉にできない場合もあるだろう。そういう場合は、話の内容から、相手が本当に求めていることや困っていることを整理するお手伝い(助言)をするつもりで聞き返せば良い。
「お父さんがおっしゃりたいことは・・・・ですか。」
相手の具体的な請求内容を聞き、学校が改善すべき内容には誠実に耳を傾けつつ「できること」と「できないこと(その理由)」をお伝えすれば、きっと話は前に進むはずである。
(質問攻めのクレームはもうやめよう! 求めていることを明確に 終わり)